「機械の手に余る」染色技術レーデルオガワの工房を訪ねた

農耕馬などの臀部(でんぶ)からわずかに取れ「革のダイヤモンド」と呼ばれるコードバン。その希少な皮革を手作業で一つひとつ丁寧に染め上げる会社が千葉県柏市にある。世界で評価されるコードバン専門染色工房「レーデルオガワ」の卓越した技術とは。レザーブランド「KUBERA(クベラ)9981」で使われるコードバンが色鮮やかに染まる現場を訪れた。 中に入ると革のにおいがぷんと立ち上る──。市街地から車で約20分。工業地帯に角ばった白黒のツートン色の建物がたたずむ。2017年に同県流山市から移転したレーデルオガワの工房だ。

1971年に創業した同社は、馬革専門タンナー(なめし革業者)「新喜皮革」(兵庫県姫路市)のコードバンを専門に扱い、創業家の故・小川三郎社長の情熱を継承して徹底した手作業にこだわる。「コードバンは一枚一枚表情が違う。それに対応するには慣れ親しんだ職人の手が一番です」。荒削りなのも味のうちという考えは毛頭ない、そう話す飛田英樹専務に工程を見せてもらう。

まず、ミモザ100%のタンニンを用いてなめされた良質の革に、脂を入れ丹念にのばしていく。コードバンは脂のコントロールがすべて。
この作業で品質の約8割が決まるという。およそ1メートルの横長の革を、溶かした特製の脂に漬け、しばらくして取り出しステンレス製の台の上に広げる。

それから湯をかけ、余分な脂と水分を抜いていく。スリッカーと呼ばれるヘラのような金属製の工具で革の表面をなぞる。0.5〜2ミリの誤差がある革の厚みに合わせて力の加え方を変えるのが腕の見せどころだ。もくもくと上がる湯気の中で、若手職人の盛り上がった上腕が見えた。

続いて、のばし終えた革を細長い木の棒に打ち付け、2本の長い竿(さお)に載せて乾燥させる。
屋外で1日、室内で2日の計3日。均等に並べ、気温と湿度によって干す時間を調整する。

「ステーキ肉なら強火で焼くと、表面だけ焦げて中が生焼けになるのと同じ。強い日差しはコードバンのコラーゲン繊維を一気に収縮させ、仕上がりをガチガチにしてしまいます」。
直射日光を避け、じっくりと陰干しで乾かす理由を飛田専務が教えてくれた。10月中旬の取材日の最高気温は季節外れの25度。革は秋風に揺れ、コンコンと釘を叩く小気味よい音が空に響いた。

ゴーッ、ゴオオオッ。乾燥後に削りを行う作業場に入ると、驚くほどの大きな音が。部屋の中央に鎮座する古びた研磨機に向かい、職人が革を削っていた。フットペダルを巧みに操作し回転するヤスリに革をしなやかに当て、中に埋まった美しいコードバン層を探り当てる。

ただ、この技術の習得は並大抵ではない。削りの工程を担当して約15年という職人は、軍手をはめた手でこともなげに革を機械に押し当てるが、足の力加減を間違えると厚さ1ミリ以下のコードバン層は一瞬にして削り取られてしまうという。

ヤスリの番手を変えて何度も削り、1回の作業平均時間は熟練者なら2分半から3分ほど。失敗が許されない作業だからこそ、機械化を考えたことはないか?
そう質問すると飛田専務は「ない」と即答した。「革の位置によって厚みが違うので、頼りになるのは職人の勘。コードバンの繊細さは機械の手に余ります」

レーデルオガワが染色した革は、好事家なら即座にわかる独特の光沢がある。それを生み出すのが続くグレージングの工程だ。戦前からの貴重品という、小部屋に置かれた機械のアームがガタンゴトンと音を立てて前後に動く。

この日は、3代目の小川雅子社長自らが作業に精を出していた。いすに座り、足のペダルを操作し、リズミカルに動くアームの先端に革を当てていく。過ぎた箇所はコラーゲン繊維が一方向に圧縮し、まるで鏡面のような艶やかさ。これを何度も繰り返す。

近年は、同工程を飛ばす業者も多いが「特別な染め方を最大限に生かすため、うちはここでの艶出しに命をかけている」(飛田専務)。色の変化は繊維が寝ている証拠だが均一に寝かすのは至難の業で、見極めに少なくとも2年の修行を要するという。

さて、いよいよ染めの工程と勇んだが、作業場の扉は閉じられたまま。初代の三郎社長が試行錯誤の末に確立した、水溶性の合成染料「アニリン」を用いた染色技法は非公開となっているからだ。

コードバンが本来持つ透明感を維持しながら多彩な色を表現するには最適という「秘伝の技」で、一般的なオイルコードバンとは仕上がりが一線を画す。革の持ち味を生かした「二つとない色」が売りという。

染色後、ハイドリック(革を平らにする作業)が掛かった革に仕上げを施す部屋には、作業後の革が棚にどっさり積まれていた。卓上に広げた革に、一からつくったこだわりの特製ワックスをさっと塗り、バフィングマシンと呼ばれる機械で磨いていく。次第にワックス独特の香りが室内に漂ってくる。

こうして染め上がった一流のコードバンは、工房を出て特選された用途で使われる。KUBERA9981の財布もその一つだ。脂入れ・のばし、乾燥、削り、グレージング、染色、仕上げ。工程のどれか一つ手を抜けば、繊細なコードバンは決して最上の色にならない。

供給までに要するのは約1カ月半。大切な子どもと向き合うように、レーデルオガワは今日も革を染めていく。

Special Thanks:Leder Ogawa
https://leder.co.jp/
Photo (still):Koichi Kubota
Photo (movie):Akihiro Sanada
Text:hiroaki Morita
Direction:Shintaro Murasame


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